鳥の声と共に
太陽が上り、辺りが徐々に明るくなってくる。
動物たちも目を覚まし、木々の間を鳥の群れが飛び交っていた。
本来、人間は太陽が昇る頃に目を覚まし、火が沈むとともに床に着く。
時計の時間で動くことが当たり前になった現在でも、体はこのサイクルを覚えている。
日本にいると忘れているこの感覚を圧倒的自然の中に来ると体が思い出すのだ。
太陽の光とともに過ごすという、このリズムが崩れてしまうというのは、それだけ現在社会がストレスを抱えたり、睡眠時間を削って仕事をしたりしているのであろう。
やることが多すぎて時間に追われているといってもいいのかもしれない。
船は暗くなると、近くの入江に停泊しエンジンを止める。
その瞬間から、暗闇と静寂に包まれる。
朝、目を覚ますと、船の中でも人が動いている気配を感じた。
そして、7時ごろになり、エディが朝食を運んできてくれた。
チョコチップののったパンケーキ、バターが染み込んだフレンチトースト、クレープ状のオムレツ、そしてコーヒーだ。
家庭的なインドネシアの朝食。
ホテルの朝食よりは劣るが、僕はこっちの方が素朴で好きだ。
設備の劣る船の上で作られた朝食。
大自然の中、ぽつんと浮いた船の上で食べるパンケーキなどはうまい。
専属クックが船に乗っているのだから、味は間違いない。
毎日これだと太りそうだが。
朝食が食べ終わった頃、船のエンジンがかかった。次の目的地に向け、川を遡っていく。
リバークルーズは基本的に船上で生活し、チェックポイントに寄りながら進んでいく。
デッキの椅子に腰掛け、船の進む先を眺めているだけでも全く飽きない。
同じようで二度と同じ光景はない。
それは流れる川の水と一緒だ。
川の両サイドにはマングローブ林だけでなく大きな木も生えている。
ある時、エディが指を差し、「プロボクシスマンキー」と叫ぶ。
その指差す先をよく見ると、木の高い位置に無数の黒い点が見えた。
現地の人の目はすごい。
普通なら見過ごしてしまいそうなくらい小さい点。
エディの声を聞いた時、猿がいるのは伝わってきたが、
「プロボ、プロボククシス?」どんな猿なのかよく分からなかった。
調べようにもネットなんて繋がらない。
新しい言語を獲得するかのように、指示されたサルを見て、「あ、あれがプロボクシスマンキーなんだ。」と心の中でつぶやいた。
後でテングザルの英名だと分かり、納得した。
エディという最強のガイドのおかげで、他にも様々な生き物に出会うことができた。
例えば、ナナフシ、ウツボカズラ(コンドームプラントとエディは言っていた。)、トカゲ、ホタル。
リバークルーズで出会える生き物は、オラウータンだけでない。
1日のほどんどの時間を船上で生活している。
携帯なんて使えない、使えて今どこにいるのかGPSの点を見つめるだけだ。
それでも、見るもの全てが新鮮。
ただ川の先を見つめているだけなのに、時間が立つのが本当に早かった。
ここでは時計なんてものはなんの役に立たない。
食事が運ばれて来れば、お昼なのだなとなんとなく思い、日が暮れればそろそろ寝る時間だと感じる。
それだけだ。
時間に縛られた生活を離れ、時々こういった生活をするのもいい。
体が浄化された気持ちになれる。
インドネシアのクルーズ船
リバークルーズで使われている船は5〜6人が乗れるような大きさの船だ。
設備もパリピが乗るような最新型のクルーズ船ではなく、簡素化されたインドネシアの船といった感じ。
日本で言えば、屋形船のような感じだ。
船を紹介された時、船長が自慢げに「ジュリアロバーツも乗ったんだ。」と話してくれた。
その時はなぜジュリアロバーツなのかよくわからなかったが、これも後で調べてみると、ジュリアロバーツはオラウータンの保護を支援している。
そして、カリマンタン島、タンジュンプティン国立公園を舞台にしたドキュメンタリー映画に出ているようだった。
その中で確かにボクの乗っているものと同じ船に乗っていた。
同一の船なのかはっきりしないが、ジュリアロバーツがこの地に来て、船に乗ってオラウータンに会いに来ていたというのは事実のようだった。
その話を聞いてから、この椅子にジュリアロバーツも座ったのか、ここで寝ていたのかなど想像を膨らませずにはいられなかった。
ちなみに、これがジュリアロバーツが使ってであろう、簡易トイレと簡易シャワーだ。
クルーズ船にはこのような設備ついている。
パリピ的な船上生活しながら旅をしたい人には厳しいくらい簡易的だ。
でも、旅をするならその土地の生活様式に馴染むのが一番だ。
トイレは用を足したら、バケツに組んである川の水を便器の中に入れる。
そうすると、水の重さで流れるという仕組みだ。
流れる先はもちろん川だ。
かなりの爽快感が味わえる。
間違ってスマホなどを落としたらもう戻ってこないと考えていい。
シャワーはと言えば、ボタンを押すとエンジンが動き、ポンプが川から水を汲みあげてくれる。
その川の水がシャワーの先から出てくる仕組みだ。
もちろん茶色い水が頭上から出てくる。
お湯なんて出てこない。これはこれでかなり気持ちいい。
自然のシャワー、実にワイルドだ。
ジュリアロバーツが使ったと思えばなんてことない。
3日間のほとんどをこの船の上で生活したわけだが、一回も早く帰りたいと思ったことはなかった。
明日は港に戻る。
船はキャンプリーキーを出発し、クマイ港に向かっていた。
夜になると、真っ暗の中、黄緑色の光が一面に広がっていた。
ホタルだ。
その幻想的な光景は今まで見たことの無い光景だった。
まるで大きなクリスマスツリーのようだった。
この感動は写真では伝わらない。ほんものを自分の目で見る、それが旅の醍醐味だ。